お盆の、リンゴ磨き
小さいころ、お盆の時期になると、家族みんなでやる仕事がいろいろありました。
仏壇の掃除をしたり、お供えの準備をしたり。
私の担当は、果物を磨いてきれいにして、飾ることでした。
布でひたすらリンゴを磨いていると、驚くほどピカピカに光り出すんです。
「これはすごいな」と、夢中になって磨いていました。
集中すると、面白さもある。
ほかの家族がそれぞれの仕事を進めている間も、私はずっとリンゴを磨いていました。
決して怠けていたわけではありません。
いいものに仕上げようとしていた。悪気は、まったくなかったんです。
仕事の中にも、リンゴ磨きはある
これと同じことが、仕事の中でも起きます。
私はこれを、「余計なリンゴ磨き」と呼んでいます。
TOC(制約理論)の、プロジェクトを早く終わらせる手法「クリティカルチェーン」では、こうした時間のムダが起きる理由として「パーキンソンの法則」がよく挙げられます。
もとは1955年、イギリスの歴史学者パーキンソンが雑誌に書いた風刺のエッセイで、「仕事は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨らむ」という言葉で知られています。
できたからといって、そこでやめるわけではない。
もう一度見直し、もう一度手を入れて、与えられた時間をめいっぱい使ってしまう。
しかも早く終わっても、「終わりました」とはなかなか言わないものです。
次から見積もりを削られたり、仕事を次々に振られたりするのが心配になるからです。
ここで大事なのは、本人に悪気がないということです。
むしろ、責任感が強くて、まじめな人ほど磨いてしまう。
印刷担当の、まじめなやり直し
以前、法人として何人ものスタッフと仕事をしていたころのことです。
ある方に、印刷業務の担当を専門職としてお願いしました。
彼女はとても責任感が強い人でした。
少しでも変な印刷がないか、エラーを見つけては何度も何度もやり直してくれました。
ところが、そうすると、ほかの工程がすべて仕上がっていても、印刷のところで止まってしまう。
結果として、出荷が遅れるようになっていきました。
TOCの目で見ると、ここが仕事全体の制約になっていたんです。
いちばん詰まっている所でのやり直しは、そのまま全体の遅れになります。
しかも、「どこまでできていれば合格か」は、彼女の頭の中にしかありませんでした。
その人にしかできない仕事がブラックボックスになると、本人に悪気がなくても、業務は滞ってしまうんですよね。

AIにも、リンゴ磨きが起きていた
そして今、同じことをAIで感じています。
私はいま、AIに仕事を任せるための環境づくりに取り組んでいます。
作業をいくつかの専門のAI(サブエージェント)に分けてみたり、チャットと作業用のセッションに役割を分担させたりしています。
すると、お互いに気づけないミスや設計の甘さを指摘し合い、切磋琢磨しながら仕上げてくれます。
出来上がるものには、とても満足しています。
ただ、ある時ふと気づいたことがあります。
確かにとても良い。でも、そのやり取りの往復に、けっこう時間がかかっているんです。
これは、AIの「余計なリンゴ磨き」ではないか。
そう感じました。
もちろんAIは、人のように「早く終わると次を振られる」と心配して磨いているわけではありません。
あちこちを見返し、確かめながら進める。その丁寧さが、結果として往復を増やしているのだと思います。
AIは、どんどん賢くなっています。
Claudeの新しいモデル(Fable 5など)のように、全体をよく考える力のあるAIに任せるほど、考える時間は長くなり、使う量(トークン)も増えていきます。

「どこまでやるか」を先に決める
人の場合も、AIの場合も、解決の糸口は同じでした。
「どこまでやれば合格か」「どこから先はやらないか」を、先に決めておくことです。
私がいま、AIに仕事を任せるときに決めているのは、次の4つです。
1つ目。合格ラインを言葉にする。何ができていれば完成とするのか。
2つ目。見直しの往復は何回までか、上限を決める。
3つ目。かけてよい時間や量の目安を決める。
4つ目。じっくり磨くのは、全体の流れに効く大事な所だけにする。
4つ目は、TOCの考え方そのものです。
制約に効く所は丁寧に。それ以外は「十分に良い」で先へ進める。
すべてをピカピカに磨く必要はないんです。

磨く楽しさは、残しておきたい
リンゴを磨いていたあのころの私も、印刷担当の彼女も、そしていまのAIも。
みんな、いいものに仕上げようとしていただけでした。
だからこそ、「どこまで磨くか」を決めるのは、任せる側の仕事なんだと思います。
磨く楽しさや丁寧さは、大事な所でこそ生かしたいですね。
あなたの職場では、誰かが、あるいはAIが、余計なリンゴを磨いていませんか?
※パーキンソンの法則は、C.N.パーキンソンが1955年に英誌『エコノミスト』に寄せた風刺エッセイが元で、のちに著書『パーキンソンの法則』にまとめられました。心理学の実験で確かめられた法則ではなく、経験則として広く使われています。


